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暑さ寒さも彼岸まで。ふたたび春がやって来る。
私のデビュー1年目も終わりを迎え、2年目が訪れようとしている。
念願のプロテスト合格を果たしてからあっという間に1年が過ぎてしまった。
まだまだ実力不足は否めないが、来月には新人がやってくる。
下からの突き上げに負けないようにしっかり潰さなくてはがんばらなくては。

さて、このあたりで他団体に目を向け、同期の状況を確認してみようと思う。
下にかまっているうちに同期に差を付けられては元も子もない。
何人か目立った選手をピックアップしてみよう。

カレクック祐希子
 新女所属。今年度の最優秀新人賞を受賞。
 超人強度60万パワーを誇る残虐超人。
 飛んだり跳ねたりする。

"うっかりガチ"の南
 新女所属。試合時間の短縮に貢献。
 1年目にして製菓会社のCMに出演するほどの人気。
 ポキポキポッキー。

あの背が高くてボソボソ喋る女
 ネオ所属。恵まれた体格をもつ大型新人。
 長い脚で多彩な蹴り技をくりだす。自慢か。
 よく目が泳いでいる。メール好きらしい。

こんなものだろうか。こうしてみると、団体規模というのはあなどれない。
業界の盟主を謳う新女は新人の注目度も違うようだ。
わたしたちのような弱小団体は興行のたびに商店街でビラ配りだというのに。
ジューシーペアだけにフルーツパーラーの一日店長。しかも試合用コス着用。
学校帰りの女子高生に鼻で笑われたのが忘れられない。「あの人寒そう」て。
ハシャぐなマッキー。ちぎるぞ。

考えているうちにだんだん腹が立ってきたわたしは、勢い余って社長室に飛び込んだ。
社長に新女との対抗戦を組んでもらうためだ。
リングであのピンク髪を叩きのめせば自然とファンの目はこちらに向く。
プロレスは実力の世界。注目を集めるには実力を示すのがいちばんの近道だ。
社長を説き伏せたわたしが道場で筋トレをしていると、電話を終えたらしい霧子さんがやってきた。

「そんなマイナーな団体とはできない、ていうか名前知らないって」

ですよねー。






真田が道場に出てきた。怪我はもういいらしい。
優香が「心配したんだよ」とかなんとか言っている。いやお前1回も見舞い行ってないだろう。
道場にこそ来られなかったものの、真田は入院中もできる範囲で筋トレをしていたという。
おりない労災にもめげず努力を怠らない姿勢はレスラーの鑑だ。
訴えたら確実に勝てると思うが。

さすがに怪我の原因となったマッキーはすまなそうにしている。
いくら単細胞といえど、自分が怪我を負わせたのだ。気にもするだろう。
だが真田は爽やかにマッキーに話しかけ、一緒にストレッチをはじめる。
さ、真田さん? 
見ればマッキーにも笑顔が戻り、ふたり熱血した様子でスパーをはじめている。
よもや同期に聖人がいらっしゃるとは。なぜシューズに画鋲を入れない。
その赤いののことはもっと恨んでもいいと思います。

スポ根世界のに空気にうちのめされても、きちんと試合はやらねばならない。
第2試合、わたしはマリア・クロフォードとのシングルだ。
マリアはリング上のマッドサイエンティストと称するキャラクターレスラー。
関節技は人体実験などとよくわからないことを言っている。スポーツ生理学?
どうせなら徹底して、緑色の液体が入ったフラスコ片手に毒霧とかやってほしいものだ。もちろんわたしとの試合以外で。
ゴングが鳴ると、思いのほかグラウンドの攻防が熱い玄人好みの試合展開に。
一瞬の隙を突いてラッキーキャプチャー→アキレス腱固めの得意ムーヴを決め、なんとか競り勝った。

試合後、トイレで鉢合わせたマリアに「興味深いサンプルとして観察を継続するわ」と囁かれる。
相手が他団体のレスラーだからとはいえ、試合後もキャラクターをやめないとはなかなかのプロ意識だ。
まさかガチじゃないだろう。ちがうよね? こ、こわいよー。

まあもっと驚いたのは異常に日本語が上手いことだが。おそるべし駅前留学。






ミミさんが新人全員にお年玉をくれた。こんにちは樋口一葉。
そのお金はそのまま寮のこたつの修繕費にいった。さようなら樋口一葉。
誰だマッキーに酒を飲ませたのは。除夜の鐘に合わせてDDTなんて気がふれているとしか思えない。
哀れな被害者である真田は新年早々病院に。おかげで雑煮係が私に回ってきた。
どうしてくれる。

さて新年。わたしたちぷる女の面々は全員で初詣に行った。
今年一年怪我のないようにと祈願する。スポーツ団体ではよくある行事だ。
うち1名は早くもその願いが破れているが。いや、あれは大晦日のロスタイムか?

秘書の霧子さんやミミさんたちは振袖で着飾っている。さすが大人の女性という感じだ。
特に八島さんの着物姿が異常に綺麗だった。ポスト岩下志麻も夢ではない。

賽銭を入れ、女子プロレス界に覇を唱えんがために念入りに祈願する。
他団体の関節系レスラーを潰し、同期最強を目標にがんばっていきたい。
具体的には"うっかりガチ"の南とかアイアンクロー秋山とか地獄少女とか。軒並み。

あとマッキーと縁を切りたい。






世間が新女のEXリーグに盛り上がるなか、私たちぷる女は今日もドサ回り。
ミミさんと優香はEXリーグに参戦。新人の優香がミミさんのパートナーというのがすこし気に食わない。
EXリーグの結果は……大規模団体の壁の高さを思い知らされるものとなった。
正直に言って、悔しい。私が参戦していれば、という思いがなかったと言えば嘘になる。

それはさておき、近ごろ私とマッキーがタッグを組む機会が増えている。
会社の思惑通りと言ったところか。繊細で可憐な美少女とガサツなパワーバカ。まさに美女と野獣のタッグだ。
マッキーにそう言ったら「ディズニー映画ならそれよりノートルダムのせむし男のほうが好きだ」と斜め上に切り返された。意外に暗い趣味だ。

私たちのような小さな団体にとって、プロレス大賞は縁のないもののようだ。
私が密かに狙っていた最優秀新人賞も、新日本女子プロレスのカレクック祐希子とかいうピンク色の女にかっさらわれてしまった。
何が「これでおいしいものでも食べにいこうね」だ。どうせCoCo壱のくせに。
私がテレビを見ながら悪態をついている横では、優香が「この女、山口出身だし飛び技得意だし、私とキャラかぶってんのよ」とボヤいていた。
「所詮は私の物まね芸人のくせに!」 残念だが優香、お前が小力のほうだ。
後ろでは真田が「年越しそばの天ぷら、かき揚げにタマネギ入れてもいいッスよね?」と聞いている。
最近、私にまで敬語を使うようになった真田が少し不憫だ。
マッキーは花札で八島さんにカモられている。
じき年が暮れる。来年こそはこのファッキン女子寮から抜け出してやりたい。





ファンからプレゼントが届く。ようやく私の認知度も上がってきたということか。プロになった実感が湧く。
プレゼントは、段ボール箱いっぱいのチェリオ。「ラッキーさんすげー面白いッス。これからもがんばってください」という手紙付きだ。嫌がらせか。
変な混ぜ物がしてあっても嫌なので八島さんに差し入れておいた。これで真田がパシらされる機会も減るだろう。我ながらなんと優しい心遣いだろうか。自分の体内に満ち溢れる慈愛の心に目眩がするくらいだ。
翌日、いつものように「かにパン買ってこい」と八島さんにパシらされる真田の姿があった。
なべて世はこともなし。

プロレスラーならひとつくらいは自分の得意とするムーヴを持っているものだ。
私は関節技を得意としているから、当然フェイバリットホールドもアキレス腱固めと足関節を極める技である。問題は、アキレス腱固めへどう持っていくか。足関節を極めるにはうまくテイクダウンを奪わなければならない。有効なテイクダウン法からアキレス腱固めにもっていくムーヴができれば、私もレスラーとしてひとつ上の段階にすすめると思うのだが。
食堂の椅子に腰掛けながら物思いに耽っていると、マッキーの足にすがりついて泣きわめく真田の姿が目に入った。マッキーの手にはビアード・パパのシュークリーム。ミミさんが寮に差し入れてくれたものだ。最後の1個をめぐって争っているようだが、どうやらマッキーのほうが一足早かったらしい。真田はあきらめきれずに必死ですがりついている。何もシュークリームひとつであんなにならなくても。いろいろと追い詰められている気がして少し寒気がした。
真田の異常なまでの執着ぶりに気圧されたのか、マッキーはバランスを崩し、大きな音を立てて転倒。あわれシュークリームは床におちてつぶれてしまった。……これだ!
私は「ま、まだ2.9カウント……」などと震えながらシュークリームに手を伸ばそうとする真田の頭を撫でてやり、隠しておいた自分の分のシュークリームをひとつ手渡してやった。真田は新興宗教の信者が教祖を見るような目で私を見ている。

足にすがりついてわめいた真田の姿から私が思いついたのは、ドラゴンスクリューからテイクダウンを奪い、そのままアキレス腱固めに持ち込むというムーヴだった。もともとドラゴンスクリューはテイクダウンを奪うという意味合いの強かった技だ。フリーの中森あずみのようにすさまじい回転で膝を破壊する技として使う選手もいるが、足関節を極めるにはうってつけの技だろう。さらに私は工夫をかさねた。片足タックルのような形で素早く相手の足を取り、自らも相手の足に巻き付くようにして回転する。筋力のなさをスピードと回転力で補った独特のドラゴンスクリューである。
有頂天になった私はさっそくスパーリングで披露。マッキー相手に見事このムーヴを決めてみせた。
会心の笑みを浮かべる私に、社長はこういった。「なんか自分も一緒に回るからマッキーに振り回されてふたりともどすん、て感じにも見えるなあ。あ、偶然相手の足とれてラッキー、みたいな。よし、その技の名前はラッキーキャプチャーな」
呆然とする私に、社長は追い打ちをかける。「使うときは技の名前を叫べよ。言わないとファイトマネー減らすからな」
その日から、リング上で「ラッキーキャプチャー!」と叫ぶ私の姿があった……。







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